発達障害は視能における障害であるという説があります。

あくまで仮説の段階ですが、視覚を鍛えることで克服していこうとする「ビジョントレーニング」という訓練手法が一部では話題になっており、この記事をごらんの皆さまに置かれましてはもっと詳しくビジョントレーニングについて知りたいという方もいらっしゃると思います。

今回はそんな「ビジョントレーニング」について赤坂心療クリニック院長米澤利幸先生に記事を書いてもらいました。

はじめに

ビジョントレーニングは、日本では馴染みの薄い訓練法であると言っていいでしょう。

しかし、ロンドンオリンピックの金メダリストでありWBA世界ミドル級王者にもなった村田諒太が、ビジョントレーニングを行なっていたことをNHKの番組で紹介したことから、ビジョントレーニングという言葉が一般にも知られるようになりました。

それ以前にも、1993年に、WBC世界バンタム級世界王者となった薬師寺保栄もビジョントレーニングを受けていたことが民放で取り上げられています。

ビジョントレーニングは、ボクシングに限らずスポーツ全般に能力の向上を期待できるトレーニングですが、海外では発達障害の治療にも使われています。

ここでは、日本ではまだあまり馴染みのないビジョントレーニングについて、概要、どのような症状に対応できるか、どのような訓練方法があるのかなどについて分かりやすく解説します。なお、見ることに関わる能力という意味で「視能」という用語を使っています。

発達障害の子どもと見ることに関わる能力(視能)

あまり一般には知られていないのですが、発達障害の子どもは視能の障害がある場合が多いのです。

そして、この視能の障害は、日常の生活や特に学習の面で大きな不都合を引き起こしています。その為、見るという機能を訓練することで、学習を含む生活障害が緩和されるのです。以下に、発達障害の子どもに見られる視能の障害を列挙します。

・読むときに字や行を読み飛ばしてしまう
・どこを読んでいるのか分からなくなる
・球技が特に苦手(動体視力が悪い)
・黒板の字を写すのに時間がかかる
・物がぼやけて見えるときがある
・物が二重に見えるときがある
・モニターの画面が見づらい
・遠近感が分かりにくい
・漢字を覚えられない
・図形の問題が苦手
・方向音痴である
・etc.etc.

ビジョントレーニングとは?

一般にはビジョントレーニングと呼ばれていることが多いのですが、正式にはVision Therapy(視能訓練とでも訳せるでしょうか)と呼ばれます。

視力というよりも、視能(見ることに関わる能力)の各要素あるいは視能全般を向上させるトレーニングです。

視能は、日常生活の中で繰り返し視覚体験されることから自然と強化され、運動機能や認知機能と統合されて発達します。

ところで、視能にはいくつかの種類があり、視能訓練士(orthoptist)や検眼士(optometrist)に指導してもらいながら、特殊な器具を使って各視能の訓練をするのが普通です。

各視能を改善するための種々の方法があり、視覚運動や知覚認知の不全も改善し、視能をコントロールする脳機能をも改善します。

視能にはどのようなものがあるか?

視能には、次のようなものがあります。

両眼の視軸のバランス(アライメント)を調整する機能(eye alignment)
左右の目で物を見るときに、両方の目がともに網膜の正しい位置に像を結べるように、左右の目ごとに物を見る方向を調整する機能です。斜視などは、この機能の障害でしょう。
調節機能(eye focusing abilities)
見ようとする物に目の焦点を合わせる機能のことです。要するに目のピント合わせということですね。これが上手くいかないと字や物がぼやけて見にくくなります。この機能の障害の典型例は近視や遠視、老眼でしょう。
眼球運動機能(eye movements)
眼球運動機能には、「追従性眼球運動(eye tracking)」と「跳躍性眼球運動(Saccadic Eye Movements)」があります。追従性眼球運動とは、動いているものを目でスムースに追うなどの目の運動機能です。動くボールやボクシングで相手のパンチを目で追う機能のことで、球技などが不得意な子どもは、この機能が障害されている可能性があります。一方、跳躍性眼球運動は、一点から別の一点へ、視点もしくは中心視野を素早く的確に移動させる目の運動で、目で文字などを追うなどという機能です。「今の標的に焦点を合わせるために一瞬だけ目の動きを停止する→視点を次の標的に移動させるために目を動かす→視点を移動させた標的に焦点を合わせるために一瞬だけ目の動きを停止する」ということを繰り返す眼球運動です。この機能が障害されると、行や字を飛ばして読んでしまったりします。
両眼のチームワーク機能(eye teaming)
両眼の動きの協調性をとる機能です。上記のアライメントとも似ていますが、近い物を見るときに両方の目をバランスよく内側に寄せたり、遠くの物を見るときには逆に目を協調させて正面方向に向けたりする機能といえば分かりやすいでしょうか。遠くを見てから直ぐに近くを見るときなど、この機能がうまく働かないと、焦点が合わずものがぼやけたり二重に見えたりします。この機能が障害されていると、黒板に書いてある文字を手元のノートに写すことが難しくなったりします。また、左目が「物を見ている方向(視軸)」と右目が物を見ている方向が作る角度によって、遠近感が感じられる(正確には両眼視差によって対象物の遠近を知覚)ので、この機能の障害で遠近感を把握することが難しくなったりするでしょう。
視覚情報の処理機能(visual processing)
目で見たこと(視覚情報)を脳で処理して認識(認知)したり、記憶したり、分析したり、体の動きなどに適切に反映したりする機能です。文字や物の形や様態の認識も、この機能に分類されます。文字を覚えて書いたり、図形の問題を解くときにも必要な機能でしょう。この機能に障害があると、綴りの似た漢字の区別が飲み込めなかったり、サッカーなどのチームスポーツで、誰にパスを回せば得点しやすいかなどを判断することが難しくなります。ここで少し脇道にそれますが、老眼のモノビジョンレーシックは、利き目(優位眼)は遠くがよく見えるように調整し、もう一方の目は近くが見えやすいように調整して、両目で見ると、脳が勝手に「くっきりと見える視覚だけ」を意識に認識させるように情報処理してくれることで、遠くのものも近くのものも、はっきり見えるようにする手術です。慣れるまでに少し時間がかかる場合もありますが、これも視覚情報の処理機能を利用した治療法であると考えていいでしょう。

ビジョントレーニングはどのような病態に効果があるか?

以下に示すような問題に、ビジョントレーニングは効果が期待できます。

発達障害にともなう見ることに関連した問題
発達障害の人には、先にあげたように見ることに関連した問題が種々あります。学習障害や注意欠如多動性障害、自閉症スペクトラム障害などが視能(見ることに関わる能力)に障害を持っています。
読み書きなどの学習に関連した問題
文字を追う目の動きや物に焦点を合わせる力、目で見て手を操作したり運動したりする力、目で見たことを記憶しておく力の問題などです。
左右の目の協調する機能の問題
左右の目の「チームワーク」つまり両眼を協調させて物を見る(両眼視)ことに問題のあるときには、読む、遠近感、アイコンタクト、スポーツなどに障害が出ます。例えば、輻輳不全という状態があります。これは、近くの物を見るときに、片方の目がもう一方の目と協調して物を凝視できず、片方の目だけ対象物より外を見るように向いてしまって、物が二重に見えたりぼやけて見えたりします。
弱視・複視・斜視
ビジョントレーニングは、斜視や弱視にも効果が期待できます。ビジョントレーニングを早い時期から受けるほど効果は高いのです。
ストレスに関連した目の問題
ストレスに関連した目の問題とは、長時間のパソコン使用や書類の文字を大量に読むことなどから生じる眼精疲労のことです。霞目(かすみめ)や目の疲れから誘発される頭痛などの症状が出現します。
神経疾患に付随する目の問題
外傷による脳傷害、脳卒中、出産時外傷などによる脳のダメージは、物が二重に見えるなどの症状を含む色々な目の機能障害を引き起こします。
スポーツ選手の見ることに関する能力の向上
見ることに関する能力の向上により、それぞれのスポーツで成功する確率を上げることができるのです。先に述べたボクシングの村田や薬師寺の他にも、WBA世界スーパーフライ級のチャンピオンであった飯田覚士も、ビジョントレーニングを先駆的に取り入れてチャンピオンの座を獲得しています。1984年のロサンジェルスオリンピックで金メダルに輝いた米国チームも、ビジョントレーニングを行っていました。スポーツでは、目から入ってくる情報を元に、それに合わせて効率的に手足や体を動かすことが要求されます。見てから動くまでの反応時間や視野を広げて状況を的確に把握する能力(周辺視野)、ボールなどを目で追う能力等々の改善が、スポーツ選手としての能力を向上させることは明らかでしょう。

ビジョントレーニングの方法や使用する器機にはどんなものがあるの?

レンズとプリズム(Lenses・Prisms)
レンズとプリズムを使って種々のビジョントレーニングを行い、適切な視覚の反応を改善します。

レンズとプリズムの画像の一例へのリンク

ブロックストリング(Brock String)によるビジョントレーニング
ブロックストリングとは、白い紐に赤・黄・緑・青などの大きな玉状のものを取り付けた、ビジョントレーニングに使用する道具です。この道具の片方を自分の鼻先にくるように持って、もう一方の端を誰かに持ってもらいピノキオの鼻のように鼻先からまっすぐ伸ばします。ある玉状のものに目の焦点を合わせると、焦点を合わせた玉状のものを交点にして、白い紐がX字状にクロスしているように見えます。この体験などをすることで、左右2つの目で見ることの機能や両目が協働していること(チームワーク)、焦点を合わせることなどの目の機能を学習することができるのです。自宅でのビジョントレーニングの準備と指導のため、一番最初に使われます。

Brock Stringの画像の一例へのリンク

スペースフィクセイター(Space Fixator)によるビジョントレーニング
透明の丸いボードの中心とボードの周辺に、丸印などの目印が書いてあるものです。中心の目印に視点を固定して、ボードの周辺に配置された目印を指で触っていく訓練をします。中心視野と周辺視野の統合や、目と手を協調させる力、跳躍性眼球運動(サッカード運動)等を鍛えることができます。

Space Fixatorの画像の一例へのリンク

カイロスコープ(Cheiroscope)によるビジョントレーニング
カイロスコープは、サプレッション(抑制)という脳機能が働いているのか?サプレッション(抑制)はどれくらい働いているのか?左右の目の視軸が適切に調整(アライメント)されているか?などを測定し、両目で適切に見る(両眼視)力を改善する訓練に使用します。左右の目のどちらか片方が適切な方向を見ていないとき、不適切に見ている目から入ってきた視覚情報をサプレッション(抑制)しないと、物が二重に見えたりぼやけたりしてしまいます。このサプレッション(抑制)が生じていることを気づかせて、両方の目で適切に見ることができるように、カイロスコープを使用して訓練します。

カイロスコープの画像の一例へのリンク

弱視鏡(Amblyoscope)によるビジョントレーニング
弱視鏡は、左右の目を協働させて、1つの像を正しく1つであると見えるようにするための訓練をするときに使用します。抑制が生じているかとうかを気づかせる役割もあります。

弱視鏡のデモ動画の一例へのリンク(1分少し経過したところから観てください)

サッカード固定器(Saccadic Fixator)によるビジョントレーニング
サッカード固定器とは、眼球運動や追従性眼球運動、視覚記憶、周辺視野、視覚と運動の統合を向上させる訓練です。視覚と手や体の協調や反応時間の短縮に関する機能の改善を、特に若いアスリートで効果が期待できます。動画が圧倒的にわかりやすいので次の動画(英語)を参照ください。英語が分からなくても大まかなイメージを把握できます。

サッカード固定器の動画の一例へのリンク(25秒経過したところから観てください)

ローテイター(Rotator)によるビジョントレーニング
ローテイターは、目を動かすことをコントロールする機能を強化する装置です。回転するボードにゴルフのティーをおいたり、文字の書いたボードを回転させて文字を指差したりする訓練を、通常は片目を見えないようにして行います。慣れるに従ってボードを回転させるスピード早めて行きます。

ローテイターの画像の一例へのリンク

抗サプレッション訓練(Anti Suppression)
抗サプレッション訓練のサプレッションとは、脳の抑制機能のことです。このサプレッションという機能を制御する訓練が抗サプレッション訓練です。サプレッションという機能は、二重に見えることなどを防止する役割を担っていますが、左右の目が協働して機能することを妨げていることも多いのです。訓練の方法は、「片方が赤色のガラスで、もう片方が緑色のガラスでできたメガネ」と、「赤色背景に黒色の文字」と「緑色の背景に黒字の文字」を書いたプリントなどを使って、抑制が生じていることに気づき、それをコントロールして左右の目が同じように機能することができるように訓練します。斜視などに効果が期待できます。なお、下記の「抗サプレッション訓練の道具の一例へのリンク」の画像は、コンピュータプログラムでのイメージ画像ですが、抗サプレッション訓練の理解に役立つと思われるので提示しています。ぜひクリックして確認してください。

抗サプレッション訓練の道具の一例へのリンク
抗サプレッション訓練のイメージへのリンク

アパーチャールール(Aperture Rule)
アパーチャールールという訓練は、一部が異なる2つの絵を仮にAとBとすると、左の目にAだけが、右の目にBだけが見えるようにして、両目を開けて見たときに、2つの絵が1つの絵に見えるように訓練するものです。実例ではありませんが、例えば長さも太さも同じ上向きの矢印と下向きの矢印の絵を、右目には下向き矢印の絵だけが、左目には上向きの矢印の絵だけが見えるようにして、両目で見たときに、上下両方向に矢印が描かれているように見えるようになる訓練をします。両眼を機能的に使えるようにする訓練と言えるでしょう。

アパーチャールールの動画の一例へのリンク

アコモデイティブロック(Accomodative Rock)
アコモデイティブロック(調節固定とでも訳せばいいでしょうか)とは、左右ともに凸レンズをセットした眼鏡と、左右ともに凹レンズをセットした眼鏡を、上下にくっつけたような4つ目の器具(下記リンクの画像を参照)を用いて、素早くその道具を動かし、凸レンズと凹レンズを通して、交互に印刷物を見て焦点を合わせる訓練をします。焦点を合わせる機能を強化するものです。

調節固定による訓練風景の一例へのリンク

メンタルマイナス技法(Mental Minus Technique)
片方の目を見えないように隠して、もう一方の目の前に凹レンズ(マイナスレンズ)置いたり置かなかったりして対象物を見ます。目の焦点の調節機能を改善します。

メンタルマイナス技法の一例へのリンク

ベクトグラム(Vectograms)によるビジョントレーニング
左目で見るための画像と、右目で見るための画像を、少しずらして重ねて描いた透明なボード(ベクトグラム)を、特殊な眼鏡をかけて眺め、目の焦点を手前に合わせたり遠くに合わせたりして、左右の目による3D(三次元)効果に気づく訓練です。目のチームワーク機能や両眼視の機能、サプレッション(抑制)をコントロールする能力などを向上させます。

ベクトグラムによる訓練風景の一例へのリンク

視能矯正ソフトOrthoptic Software
パソコンで視能矯正ソフトを利用して視能を強化します。眼球運動や目の協調機能、立体視、抗サプレッション訓練など、それぞれの人の必要性に応じてオーダーメイドで適切なプログラムを作成することも可能でしょう。

おわりに

今回は、日本ではまだ歴史の浅いビジョントレーニングについて、その概要や方法について解説しました。

簡単に自宅でもできるような方法を解説した書籍も購入できますが、ビジョントレーニングを自宅で行う場合でも、まずは専門家の指導を受ける必要があります。

不適切な方法でビジョントレーニングを行うと、効果が期待できなかったり、よくない結果を招くかも知れません。

発達障害の子どもにビジョントレーニングをするときは、特に注意が必要です。ところで、公的機関以外でのビジョントレーニングは有料となります。

そのため、発達障害の子どもへのビジョントレーニングを希望するときは、お近くの発達障害者支援センターに、ビジョントレーニングを施行している公的機関があるかどうか問い合わせてみるのがいいでしょう。

ただ日本ではまだ、発達障害へのビジョントレーニングを行っている公的機関は少ないかもしれません。

なお、スポーツ選手としての能力を向上させるためにビジョントレーニングを受けたい場合は、ビジョントレーニングを行っている業者をネット検索で容易に見つけることができるはずです。

いずれの場合も、指導してくれる人が、視能訓練士(orthoptist:視能訓練士国家試験に合格して厚生労働省の視能訓練士名簿に登録されている人)であることを確認して指導を受けるといいでしょう。

発達障害の人であってもスポーツ選手であっても、ビジョントレーニングは、行えば必ずそれなりの効果が得られるはずです。ここで解説した内容も参考にして、一度、専門家(主治医やコーチなど)に相談してみてはいかがでしょうか?