wisk検査などを受け、お子様が発達障害だと分かった時、多くの保護者の方が戸惑われると思います。

今回はお子様が発達障害だと分かった際の向き合い方について赤坂心療クリニック院長でいらっしゃいます米澤利幸先生に記事をお書きいただきました。

はじめに

子どもが発達障害であると初めて告知されたときは、一瞬、何のことを言われているのか分からないような状態となるものです。

言われていることを、言葉としては認識できるのですが、言われていることの意味が実感できないというような感覚といってもいいかも知れません。わが子が発達障害であるなどとは考えてもみなかった人は、特にそうでしょう。そして、そういった状態が過ぎ去った後に、さらなる感情の嵐が襲ってくることになります。

我が子が発達障害であると診断されたとき、まず初めに向き合わなければならないのは、自分自身の心なのです。そして同時に、子どもにどう向き合っていくかについて悩むことにもなります。ここでは、我が子が発達障害であると分かってから、その事実に、そして我が子に、どう向き合っていくかのヒントを提示しています。

発達障害とはどのような状態か?どんな種類があるのか?

発達障害の我が子にどう向き合っていくかについて述べる前に、発達障害とは如何なるものなのかについて、ごく簡単に述べておきます。発達障害にもいくつかの種類があります。どの発達障害であるかによって、上手くいかない社会生活上でのパターンが多少とも異なってきます。この項では、発達障害の種類とその特徴について簡単に説明します。

発達障害には、本当に沢山の種類があります。世界保健機関(WHO)による診断分類ICD10に記載された発達障害を列挙します。覚えておく必要はないので、こんなにも種類があるのだということだけ、印象に残しておいて下さい。

ICD10によれば、特異的会話構音障害、表出性言語障害、受容性言語障害、てんかんにともなう後天性失語、特異的読字障害、特異的書字障害、特異的算数能力障害、学力の混合性障害、運動能力の特異的発達障害(不器用な子ども症候群・発達性協調運動障害・発達性失行など)、混合性特異的発達障害(会話や学力あるいは運動の障害が混合したもの)、広汎性発達障害(自閉症・非定型自閉症・レット症候群・他の小児期崩壊性障害・精神遅滞および常同運動に関連した過動性障害・アスペルガー症候群など)、多動性障害(いわゆる注意欠如多動障害[ADHD])、チック障害などがあります。また、発達障害に関連のある行動障害に、行為障害や反抗挑戦障害などもあります。

これだけ多くの発達障害について述べることは難しいため、ここでは代表的な3つの発達障害類型について、簡単に解説するにとどめます。個別の状態については、受診されている医療機関の主治医に説明を受けるのが最良の方法でしょう。

比較的に多く認められる発達障害は、自閉症スペクトラム障害と注意欠如多動障害、学習障害でしょう

分かりやすい発達障害から説明すると、まずは学習障害です。

これは、「読み・書き・計算」の障害です。年齢から期待できる読み(読字)書き(書字)計算(算数)の能力が著しく低下しているという発達障害です。読み・書き・計算のうちの1つもしくは複数が障害されているのです。本来の能力を活かせず、成績が悪くなることで自信をなくしたりすることも多いようです。

続いて注意欠如多動性障害(ADHD)について説明します。

ADHDには特徴的な3つの領域での障害が認められます。3つの領域の障害とは、不注意と多動ならびに衝動抑制の問題です。不注意とは、するべきことや約束を忘れたり、集中できずに他のことに注意が直ぐに移っていくなどの状態です。多動とは、文字通りじっとしていないとか静かにしていられないという状態のことをいいます。そして、衝動抑制の問題とは、置かれている状況に配慮して、したいことや感情表現を我慢することができないという特性です。

これら3つの障害が、程度の差はあれ全て認められることが多いようです。ただ、不注意だけが目立つ人もいます。ADHDの子どもは、約束を守れなかったり割り込んだり、ときに乱暴になることもあるため、友だちから敬遠されることもままあります。

最後に、自閉症スペクトラム障害ですが、これはイメージしにくいかも知れません。大まかには自閉症とアスペルガー症候群があります。

アスペルガー症候群は、言語あるいは認知的発達に遅れが認められない(知能に障害のない)自閉症と言ってもよいかも知れません。知能に遅れが認められない自閉症を高機能自閉症、あるいは単に広汎性発達障害などと言う場合もあるようです。

自閉症の特徴を示すのも難しい面がありますが、相互的社会的関係やコミュニケーションの障害、特異で反復的な行動における障害が認められることです。

具体的には、他人の気持ちを表情や雰囲気あるいは言動から察することができない・場の空気が読めない・喜びなどの感情を分かち合うことができない・身振り手振りなどの非言語的コミュニケーションが少ない・融通が利かない・こだわりが著しく強い・特定の同じ行動や動作を繰り返す・興味関心の範囲が極端に狭い・変化を嫌う・自分のペースややり方を邪魔されるとパニックになるなどの特徴があります。その他、感覚過敏や触られることを嫌がるなどの特性もよく見られるようです。

以上のような特徴に応じた支援が必要となるため、主治医などに対応法を具体的に助言や指導をしてもらいながら、状況の変化や発達の時期に応じて個別に相談していく必要があるのです。

自分の心との向き合い方

初めて子どもが発達障害であると告知されたとき、先に述べたように何のことを言われているのか分からないような状態となるものです。そして「何かの間違いに違いない」「きっと誤診しているんだ」などと、わが子が発達障害ではないと思いこみたい気持ちが湧いてくることでしょう。

その後、「この子の将来はどうなるんだろう」「私たちの将来に何も残されていないわ」「どうして私の子に…」「私のせいだわ」というように、絶望や悲しみと怒り、罪悪感のようなものが浮かんでくるかもしれません。

しかしやがて、我が子を育てることの中に喜びと自信を徐々に感じ始めて、我が子との新しい生活に投企できるようになってくるのです。投企という言葉は、自分の存在における新たな可能性を追求して、そしてそれに専心できるというような意味だと考えてください。

以上のように、我が子が発達障害であると告知されることは、心に大きな脅威をもたらすことになるでしょう。そして、自分の心と向き合わなければならなくなります。

自分の心とまず向き合わなければ、適切な対処へと向かうことができないのです。自分の心に向き合うことは難しいことでしょう。しかし、厳しいようですが、その事実を受け入れ、前に進まなければなりません。多くの困難が目の前に現れてくることになります。1つを乗り越えれば、また次の試練が訪れてくるでしょう。それでも、とどまることは許されません。子どもは成長していくのです。しかし、どんな苦悩であっても、やがて異質とも言える充足のときはやってきます。ここで述べた心の変化を念頭に置いて、諦めずに自分にも子どもにも向き合うようにしてください。

本当に発達障害か?どの発達障害か?正確な診断の重要性

困難を受け入れ、そしてそれに立ち向かって行くためには、正確な情報を手に入れることや、他者や社会からの支援を仰ぐことが大切です。まず最初は、我が子が本当に発達障害であるのか?発達障害であるならば、どのような発達障害なのか?その発達障害の特徴や、親としての具体的な向き合い方とはどのようなものか?これらに対する正しい知識を得る必要があります。

発達障害は身体的な障害と異なり、直ぐに診断を確定することが難しい場合が多いものです。発達障害ではないかとまでは疑わないにしても、何か他の子どもと違うと親が気づいて、あるいは、学校から特別支援学級への移行を勧められてから、専門的な相談機関を訪れることが多いようです。相談機関のスタッフが、相談に来た子どもさんが発達障害である可能性が高いと判断すると、医療機関への受診を勧めることになるでしょう。相談機関からは、発達障害を専門に対応できる医師のいる医療機関を紹介されるはずです。

専門的医療機関では、WISCなどの知能検査や各発達障害の判定の参考となるような評価尺度による検査が行われることになります。診断の決定的要因は子どもの状態像ですが、検査は大いに参考となるでしょう。診断が確定されることにより、我が子の病態や特徴、対応法を具体的に医師から教えてもらったり、自分で検索することもできるようになります。ですから我が子の状態について、正確な診断に基づいて正しい知識を得ることが、発達障害の我が子に向き合っていく際の大切なポイントになるのです。

発達障害の我が子にいかに向き合うか?

まず最初に強調しておきたいことは、発達障害は病気ではないということです

社会で生きていくうえでの「生きにくさ」をもつ「個性」が発達障害なのです。そういった個性も、活かし方によっては素晴らしい才能となる可能性を秘めています。この際立った個性を如何に高めてあげるかが、発達障害の我が子に向き合うことの意義になるのではないでしょうか。そして同時に、生きにくさを弱められるようなスキルを身につけさせてあげることも重要です。

ところで、自分の心と向き合って折り合いをつけていくのと同時進行で、必然的に我が子への対応をせねばならなくなります。その具体的なやり方については、子どもを診てもらっている専門医などに相談し、また、小さなことでも迷ったことは直ぐに質問して指導を受けるのが得策です。しかし、日常で生じる生活の一コマ一コマに、その場にいない専門医などに尋ねることはできません。そこで、我が子への「接し方の原則のようなものがあればなあ…」ということになります。ここではその原則について、1つの提案を提示します。

発達障害を持った子どもの最終的なゴールは、親から支援を得られなくなっても社会で生きていけるようになることでしょう。

そのためには個性の良い面を伸ばすと同時に、どうしても不適応的な側面を修正していく必要があります。そして、特にデリケートなのが、この個性の不適応的な側面を修正するということです。

発達障害のある子どもの側からすれば、自然と、あるいは、したいからしていることを修正されるのですから、親の指導は自分を否定されるような圧迫感を感じることにもなります。ここで強圧的に、ただ単に厳しくだけ接していると、子どもの心を潰してしまうことにもなりかねません。

そこで発達障害のあるなしにかかわらず、我が子に向き合うときの大原則があります。それは「自己価値(self esteem)」を高めるということを、常に念頭に置いておくということでしょう。

自己価値感を高めるとは「自己肯定感」を養い、「根拠のない自信(基本的信頼basic trust)」を持てるようになることです。自己価値感を高めるためには、親側に子どものプライドを破壊しない言動や態度が求められます。フロイトやユングとも並び称されるアドラー学派の人は、褒めることは上下関係からの親の価値観を押し付け、褒めてもらえるかそうでないかが、無意識の価値基準になってしまう可能性があるので良くないとしているようです。

しかし、親が「褒める価値のあることをしたからあなたは価値がある」vs「褒める価値のあることをしなかったからあなたは価値がない」というような基準で子どもに接しない限り、褒めてあげても構わないと思います。

ただ、褒めると同時に「子がそうしたことで私(親)は嬉しい・それに私は感謝する」という要素を、心からそう感じて伝えると更に良いでしょう。

例えば、「わー、すごいねぇ!こんなこともやってみたの!なにかママうれしくなってきちゃった!ありがとう!」という感じでしょうか。また、失敗した時には、「へーっ、頑張ってやってみたんだ!ママ、頑張る○○ちゃんって大好きよ!次は、こうしてみるのはどうかな?○○ちゃんはどう思う?え?試してみるの!ママ、嬉しいいな!ありがとうね!」といったのは一例です。

さて問題は、よくないことをしてしまった時に、それを適応的な行動に修正する際の向き合い方です。ここで子どものプライドを破壊しない言動や態度が求められます。

これが難しいのです。

ここでの応答のポイントは、「何かをしようとして行ったという意欲や行動力、あるいは“良かれと思って”という点を認めてあげる」ことです。つまり頭ごなしの否定や修正指導、ましてや怒鳴り散らすなどということはしてはいけません。このようなとき、どのように対応するかは本当に難しいですね。「○○ちゃんが、そうしちゃうと、ママ悲しいな…だって、これこれこうだから、お友達も困ってしまうと思うの…こうこうこうするのって、どうかなぁ?そうだとママうれしいな!そう、そうしてみるの?ありがとう!うれしい!」などというのは回答になるでしょうか?

発達障害の支援は?社会的サポートとしての社会資源の活用

発達障害の我が子と向き合う際に、1人で戦わないことも重要です。1人で戦わないとは、経験豊かな専門家や経験者などの援助を仰ぐことや社会制度の利用(社会的サポート)です。

社会的サポートとしてまずあげられるのが学校でしょう。担任の先生や養護教諭、スクルールカウンセラーが相談する相手となります。しかし、発達障害のサポートに不慣れな担任や、発達障害の支援に精通していない養護教諭もいるようです。スクールカウンセラーは心理療法士なので、大抵は対応は可能でしょう。また、養護教諭の中でも特別支援教育コーディネーターをしている先生なら、十分な対応が可能です。

また、発達障害の診断をしてくれる医療機関も、具体的な対応方法を助言してくれる有力な社会資源になります。発達障害を診断して治療を行い、親に適切な指導助言ができるのは、児童精神科医や小児神経科医です。予約が取りにくいので、根気よく予約を待つ必要があります。

医療機関に受診する前の時点で相談の中心となるのが、発達障害者支援センターでしょう。

社会福祉法人や特定非営利活動法人などが運営する、発達障害を持っている子どもや成人の総合的なサポートを行う機関です。保健・医療・福祉・教育・労働などの関係機関と連携し、相談支援・発達支援・就労支援などを行なっています。近くに発達障害者支援センターがない人は、電話で相談することもできます。行なっているサポートは、困っている親からの相談・福祉制度やその利用方法の助言・関係機関への紹介・家庭での対応方法の助言・知的発達や生活スキルの程度評価・子どもの特性に応じた支援計画・就労支援などです。相談の中心機関と言っていいでしょう。

その他、保健所・市町村保健センター・子育て支援センター・児童相談所などでも相談を受けることができます。また、発達障害の子どもを持つ親たちが相互扶助する親の会では、同じ立場にある親たちから助言を受けることができるでしょう。しかし、ボランティア活動を暗に求められることもあり、合わない方もいるかも知れません。事前に問い合わせをしてから、参加の有無を決めるといいですね。なお、親の会については、一般社団法人 日本発達障害ネットワーク加盟団体一覧に加盟団体の一覧表があるので参考にしてください。

ところで、発達障害にかかわらず障害を持つ子どもを育てていく上で、経済的支援も重要です。所得制限はあるものの、一人親世帯なら児童扶養手当と特別児童手当を共に支給してもらえます。ただし、特別児童手当は、「社会性やコミュニケーション能力が欠如しており、かつ、著しく不適応な行動が見られるため、日常生活への適応が困難で常時援助を必要とするもの(1級)もしくは、社会性やコミュニケーション能力が乏しく、かつ、不適応な行動が見られるため、日常生活への適応にあたって援助が必要なもの(2級)」という基準を満たす場合のみ支給されます。また対象は20歳未満です。20歳を越えると障害年金の対象となることもあるので、特別児童手当も含めて主治医に相談するといいでしょう。

おわりに

我が子が発達障害と診断された時の衝撃は、経験した人でなければわからないものでしょう。しかし、発達障害とされたことが、子供の将来を台無しにしてしまうことを意味するものではありません。次の名前を見てどう思われるでしょうか?

アルバート・アインシュタイン(相対性理論で有名ですが光電効果でノーベル賞を受賞)、トーマス・エジソン(電球の発明で有名で米国ゼネラル・エレクトリック社の創始者 )、スティーブ・ジョブズ(iphoneのアップル社創始者)、ビル・ゲイツ(ウインドウズで世界を席巻したマイクロソフト社の創始者)、スティーブン・スピルバーグ(映画スターウォーズの製作者で監督)、トム・クルーズ(映画ミッションインポシブルの主役)、ウォルト・ディズニー(映画アナと雪の女王などのディズニー社の創始者)、坂本龍馬、さかなクン、栗原類、勝間和代、イチロー…

これらは全て、発達障害であろうと言われている人たちです。

社会で活躍されている方々ですね。発達障害は病気ではなく、生きづらさを持った際立った個性であると考えられるようになっています。その個性を生かせるよう導いていくことが、親のすべきことではないでしょうか。具体的な対応法については、専門家である主治医などと相談していくのが最良の方法です。具体的な対応法は、発達障害の種類やその子その子の個別の持ち味によって異なるものです。

しかし、大原則は本文で述べたように、子どもの良い面を伸ばして不適応的な面を適応的なものにし、子どもの自己価値感を高めることでしょう。自己価値感を高められれば、ここでは取り上げなかった二次障害と言われる「うつ状態」などの心の不調を、防ぐことができるようにもなります。

しかし、親としては意識するしないにかかわらず、「私の生きているうちはいいけど…」という心理が働くものです。その心性が、どうしても焦りと無力感につながっていくことになります。発達障害の子どもへの向き合い方は、それほどに難しく、かつ長期間続くものです。これは辛く先の見えにくい苦難な現実です。時には、運命を恨みたくなることもあるかも知れません。このような状況の中で自分の心に生じる脅威に、親自身が向き合わなければなりません。

認知行動療法より実用的とも評価されるザ・ワークの創始者、バイロン・ケイティは言います。世の中には3つの領域があると。

それは、自分の領域と他人の領域、そして、神の領域です。

神と戦っても勝ち目はありません。他人の領域に侵入すれば、関係がギクシャクしてしまいます。あくまで自分の領域にとどまることが大切だとしています。神の領域とは、我が子が発達障害を持って生まれてきたということです。他人の領域とは、この子は適応的に振る舞えるようになる「べきである」と考えることが当てはまります。

では、自分の領域とは?

自分の領域とは、この子が適応的に振る舞えるように「なってほしいと願う」ことです。いま述べたことは、アドラーのいう「I(私)メッセージ」と「You(あなた)メッセージ」にも通じるものかも知れません。「してほしいな」と「すべきである」との違いです。いずれにしろ、親は、自分の言おう行おうとしていることが、子どものためにすることなのかを自らに問う必要があります。自分の言おう行おうとしていることが、純粋に、無償の愛によるものなのか、自分の感情の欲求に応えるためにしようとしていることなのかを、自らに問うのです。この自らに問うということが、発達障害の我が子に向き合うために、前提として必要とされることではないでしょうか?

今回は、発達障害の我が子に向き合うための原則とも言える、親側の心の構えについて提言もしました。ここで述べた心の構えは、全ての人に受け入れられるものではないかも知れません。しかし、どのような形にしろ発達障害を持つ子どもを授かった親は、自分の心と否が応でも向き合わなけらばならないことは事実です。ですから自分の心への向き合い方についての、何らかのガイドとなる考えがあれば助けとなるでしょう。ここで述べた心の構えのあり方が多少なりとも参考になって、我が子との実りある生活を送る一助になれば幸いです。

筆者紹介:米澤利幸
島根医科大学(現島根大学医学部)卒業
福岡大学大学院修了(医学博士)
日本精神神経学会認定専門医
赤坂心療クリニック院長